第2章 学歴税(マトリクス累進)を導入せよ!

2−7 賃金高騰と職業差別

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 前項で、高すぎる賃金は良くないと述べたが、なぜ私がそう考えるようになったかを、私の転職体験を紹介しながら見ておきたい。 先述したように、私はコンピュータプログラマをやっている。
つまりIT業界で働いているのだが、このIT業界には、ビルゲイツ嫌いの人間もたくさんいる。
 それは取り立てて不思議なことではなく、野球に巨人ファンもいれば、アンチ巨人もいるようなものだ。 ところでビルゲイツといえばマイクロソフトの創業者だが、マイクロソフトの側につくか、アンチ・マイクロソフトの側につくか、一般の人にはピンと来ないかもしれない。 しかしITで飯を食っている人間にとっては「アメリカにつくかソ連につくか」くらいに重大な問題なのだ。
 もっとも資金力の豊富な大企業は、どちらが勝利しても大丈夫なように、二股かけ双方に投資するものだが、私がかつて勤めていた会社は、年功序列であまりにも人件費が高いため、大企業であるにもかかわらずその余裕がなかった。 そこで経営陣は、一か八か「アンチ・マイクロソフト」に賭けた。
年功序列であまりにも人件費がかさむため、他社と同様の、ありきたりのマイクロソフト=ウィンドウズ関連の技術なんかやっていたのでは勝ち目がない、会社が保たないと考えたのだ。 目論見はこうだ。

@ ウィンドウズに敵対する技術=ジャバ・リナックスに賭け一発逆転を狙う。
A マイクロソフトをぶちのめし、既得権益を奪い大儲けして年功序列を守る。

 よりによって一番普及し一番有望な(そしてパソコンを買えばもれなく付いてくる)ウィンドウズを引っ剥がし、敵に回すとは、一般常識からして信じられないが、社長は自信満々である。
ジャバ・リナックス技術をテコに、ウィンドウズで世界を支配している「悪の大資本=ビルゲイツ帝国」に風穴を開け、革命を起こし「ガッポリ稼いで年功序列を守る」というわけだ。
革命の目的が年功序列の維持というところが悲しいが、本人は大まじめである。

私の上司だったジャバの部長曰く、年功序列を維持するには莫大なカネがかかる。 それを稼ぐには、ジャバ・リナックスをインストールして、パソコンに脳内革命を起こすしかない。 ウィンドウズがやりたいだと? バカモン、そんなありきたりのもので会社が保つと思っているのか!
リナックスは当時「ソフトウェア共産主義」とも呼ばれ「悪の大資本=ビルゲイツ帝国」を打倒するものとして期待されていた(ウィンドウズをやりたい私は技術を捨てるか会社を辞めるかの選択を迫られた)。
当時は自治体のパソコンをソフトウェア共産主義に基づく公的リナックスに置き換える運動もあった。
私の一回り上の先輩は「安保闘争で酷い目に遭った」という話があるが、結局私もその洗礼を受けた。 ちなみに中国仏教と日本仏教は微妙に異なるように、左翼も中国と日本では微妙に異なる。 「中国の教科書でビルゲイツは成功者として扱われている事にショックを受けた」という記事を、私は朝日新聞で読んだ事がある(ビルゲイツを「人民の敵」と見なすのは、どうやら日本左翼独自のようである)。

 しかし、そもそも「オレは技術の事は分からないから管理する」なんて公言している年寄り(分からなくても分かったふりしろよ!)がいる会社が、マイクロソフトに勝てるのか? 下請けに丸投げで贅肉の固まりとしか言いようのない会社がマイクロソフトに刃向かえるのか? 何もウィンドウズにケンカ売らなくても、他にやることはいくらでもあると思うのだが....
 なまじ天下の大企業、己が影響力を行使すれば、マイクロソフトをぶちのめし、ウィンドウズをこの世から消し去る事が出来る、というおごりでもあるのだろうか? 「ビルゲイツ帝国打倒」よりも、まずは「己の年功序列・丸投げ体質こそ先に何とかしろ」「ビルゲイツ帝国を批判するなんぞ百年早い」と言いたいが、これは技術の問題というよりは政治イデオロギーが絡んでいる厄介な問題である。
「アメリカ帝国主義打倒」「ソ連は素晴らしい」と言い張っている奴に何を言ってもムダなのと同じだ。
 私はミュージシャンになりたいとか特別な夢を持っていたわけではない―――ウィンドウズの高い生産性、将来性に目をつけ、ウィンドウズ用のソフトウェアを開発する技術者として「普通に」腕を磨きたかっただけなのだが―――それすらもかなわない会社の方針転換を知り、愕然として転職した。
当時は新卒でさえも就職難の不況ど真ん中、命がけの「スイングバイ」で大企業を脱出したが、そうした体験を通して考えが変わり「高すぎる賃金」は良くないと思うようになった。
 高すぎる賃金は、現場で働く人や技術者の評価を下げる。 それはどういう事か?
給料を引き下げるのは容易でないため、企業は裏の手を使う、つまり正社員を減らし外注を増やすと言う事である。 人件費削減のため、下請けや外国人に生産や技術をやらせる―――となると技術者を高く評価していたのでは「下請けや外国人の方がエライ」という事になってしまう。 それでは具合が悪い。 そこで「管理している俺たちの方が偉いんだゾー」というような臭いプンプンの人事評価制度になる。 それがさらに空洞化に拍車をかけ技術力を低下させる。

その程度の空洞化は、どこの会社でも大なり小なりあり、また老害がのさばっているとはいえ、一方では技術者も必要であり、それなりに泳いで行く事も通常は可能なのだが―――私の場合やはり転職の決定的理由は、これに加え自分が一番やりたい「ウィンドウズ」が否定されるという点にあった(ウィンドウズはビルゲイツの私有財産=私有財産制を否定する左翼の標的)私はウィンドウズでもマックでも自由競争していれば良いと思うが、そこにリナックスという絶対正義(ソ連は素晴らしい)が参入というわけである。
リナックスが正義のOSなら、正義のプログラム言語はジャバである。 私の上司だったジャバの部長は、独自フレームワークというのを手掛けていた。 これは要するに(お客様の要求通りにシステムを作れば良いのに)ビルゲイツの寝首を掻くとか「変な野心が横から入って来るので」お客様も現場の技術者も大迷惑であった(実力の伴わない「野心」もシステム開発トラブル要因の1つである)。

 以上「私はコレ(ウィンドウズ)で会社をやめました」という禁煙パイポの物語だが、もう一度おさらいすると空洞化とはこういう事。 人件費が高いと、企業は人件費削減のため、より人件費の安い下請けや外国人に実作業をやらせるようになる。 すると正社員は現場の仕事をやると怒られるようになる。
「高い給料をもらって、下請けや外国人のやるような安い仕事しやがって」「給料どろぼうめ正社員は管理業務をしろ!」となる。 だが現場が分からなくては管理のしようがない。 必然的に丸投げになって行く。 丸投げは良くないと分かっていても個人の意識やモラルだけでそれを制止するのは困難だ。 下請けの方も、現場を知らない人間に下手に管理されたくないという思惑があって丸投げを容認する。
 しかしながら考えてみれば、丸投げは何もしていないのと同じであって、人件費をますます高騰させ悪循環に陥る。 人件費を節約しているつもりが、下請け・孫請け・曾孫請けと、階層が深くなるにつれ、右から左へ何もしない人間ばかりが増え、ますますムダな人件費が増えていく。 そして実際にものづくりをする人間の取り分がなくなり品質が劣化する。 これが一般的に言われる空洞化現象だ。

国民の所得を倍増するなんていう政治家もいるが、生産性が上がってないのに、どうやって倍増する、無責任な事を言うものである。 だいいち給料が上がっても、高学歴化が進み、物価や教育費が高騰すれば、全然豊かにならない。 さらに賃金アップは円高と同じで、無理に引き上げれば弊害が出る、つまり現場でものづくりをしている人間にとっては、中国やベトナムの賃金と比較されたのではたまらない。 逆に大企業の年功序列のオヤジはいい気なものである。 下請けに厳しい事ばかり言って買い叩けばいいのだから、本当は大企業の年寄りこそ、安くて優秀な外国人マネージャに置き換えるべきなのだが、なかなかそうならないのが日本社会、結果として「プログラマなんて価値の低い下流の仕事」「外注管理している俺たちの方が偉いんだゾー」このように政治家の無責任な発言の結果、ついには職業差別までもが生み出される。

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